人生のゴールド免許

取得から約15年。運転免許がやっとゴールド免許になるらしい。

まわりには冷静そうな印象を持たれているであろうぼく。(いやいや、という人は読み飛ばしてください)車を運転すると人格がかわるのか、振り返ると交通違反や事故に縁の多い運転人生を送ってきた。もちろんその理由は、自分自身の意識の甘さ、意識の甘さ(自戒を込めて2回)に違いないのだけれど、ほんとうにこれでもかというくらい、特に交通違反で呼び止められることの多い20代だった。恥ずかしながら免停も2回ほど…。

そんなぼくがついにゴールド免許を手に入れる。最寄りの警察署で更新手続きを受けることだってできるし、講習時間だって30分だ。なにより「優良運転者」なんて書かれると感慨もひとしおである。

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世の中では安全運転の証として語られるゴールド免許。ゴールドか、そうでないかでいえば、紛れもなくゴールドのほうがいいに決まっている。とてつもなく青が好きなひとだったとしても、ここだけはゴールドを喜ぶはずだ。まさしくぼくがそうで、好きな色を聞かれれば間違いなくブルーを選ぶけれど、こと運転免許については、ゴールドになったことを喜んでいるし、すこし誇らしくもある。

でも、これに「人生の」という枕詞がつくと、そう喜んでもいられないことにふと気がついた。人生のゴールド免許は、安全に人生を進んできた証だ。
もちろん危険だらけで休まるときもないような人生よりは、安全な人生のほうがいいのかもしれない。だけど、ある程度の安全が保証されている日本だからこそ、人生についてはゴールド免許じゃないほうがいいとおもうのだ。

人生は選択の連続だ。きょうなにを食べるかだってひとつの選択だし、どんな服を着るかも立派な選択である。ぼくたちは生まれたときから小さな選択の連続を繰り返すことで、いまの場所にたどりついたと言っても過言ではない。
行きたい高校や大学を選ぶ。なにを勉強するかを選ぶ。どんな仕事につくかを選ぶ。常にぼくたちの人生は選択によって決まってきたし、これからだってそうであるはずだ。

選択には大きくわけて2種類がある。いや厳密にはそれぞれの切り口で、もっとたくさんの種類があるのだけど、ここでは2種類の選択について考えたい。それは、安全な選択と、そうでない選択だ。
ここでいう「そうでない選択」というのは、危険な選択という意味ではなく、文字どおり安全ではない選択、挑戦的な選択という意味である。

ぼくのこれまでの人生を振り返ると、いつも人生をより良い方向にかえてきたのは、「そうでない選択」のほうだった。「そうでない選択」が人生を変えるという根拠のない確信が持てるくらいには、いつも「そうでない選択」がいまの自分をつくってきたのだ。だからこそこれからも「そうでない選択」を続けていきたいし、これを続けることでまだまだ自分の人生はいいものになるという確信もある。

「安全な選択」とは言わば、不確定要素の少ない選択、結果がほとんど見えている選択だ。人生のゴールド免許が「安全な選択」の連続する先にあるのだとしたら、そこによりよい人生はあるのだろうか。

保険は安くなりそうだけど、人生のゴールド免許はずっとブルーのままがいいなぁ。