腐りきった音楽業界の構造。リスナーよ、目を覚ませ。

クラシックや伝統音楽と対を為すところでいう日本のポピュラー音楽において著作権を持っているのが誰かみなさんはご存知だろうか?CDにクレジットされているシンガーだろうか?それともその楽曲の作詞作曲者だろうか?もしかしたら違う誰かを想像する人もいるのかもしれない。
もしここで正解を言い当てる人間が大多数であるなら、日本の音楽業界やリスナーの現状はぼくが思うほど悲観する状況ではない。しかし実際は間違ってしまう人がほとんどだと思う。

日本において著作権を持っているのは音楽出版社である。上の質問で作詞作曲者と答えていた人はあながち間違いではない。新たな楽曲が生まれた段階では作詞作曲者が持っている著作権。それはプロモーション(宣伝)のためにミュージックパブリッシャーとも呼ばれる彼らに契約に基づいて譲渡される。その理由は作詞作曲者個人の力ではプロモーションの範囲が限られるからで、専門的にその分野を担当しているだけあって個人の力では到底無理な範囲まで楽曲はプロモーションされていくことになる。ここまでは海外でも当たり前に行われていることだ。

当然彼らはプロモーションするにあたってどこに働きかけることが1番良い結果を生むのか考える。そのターゲットは音楽と相性が良く、できる限り規模の大きなマスメディアだ。そう、テレビ局である。
テレビ局では音楽番組はもちろん、ドラマのオープニングやエンディング、バラエティのエンディング、ニュース番組のテーマソング、CMソングに至るまで音楽で溢れている。彼らにしてみれば格好のターゲットだ。テレビ局(CMに関しては広告代理店)にしてみても映像と音楽の相性が良いことはわかっているので不利益な話ではない。そうして音楽出版社とテレビ局はこれまで蜜月の関係を築いてきた。やがてテレビ局は自身で音楽出版社を持つようになる。ここが日本の音楽業界における病巣だ。

本題へと入る前に著作権にかかわるお金の話をしておこう。著作権のある楽曲を利用すると使用料が発生することはほとんどの人が知っていると思う。利用すれば例外なく、著作権を守る団体JASRACに使用料を払う。(ことになっている。)もちろんJASRACが管理する楽曲の場合に限るが。
この使用料の中から独自の計算方法に従って権利者には印税が支払われる。ここでいう権利者とは著作権を持っている者、つまり音楽出版社のことだ。前述のとおり、契約に基づいて著作権は譲渡されているので、作詞作曲者にも印税は入る。一般的には音楽出版社50%、作詞作曲者50%となっているようだ。作詞作曲者が複数の場合はその人数で分けることになる。

話を戻そう。テレビ局が自身で持つようになった音楽出版社の話だった。
テレビ局も例外なくJASRACに使用料を払い、そこから50%が音楽出版社に支払われる。テレビ局からすると自社グループの音楽出版社が権利を持つ楽曲を使えば使用料の50%がグループに戻ってくる寸法だ。これを使わない手はない。
その結果、テレビでは自社グループの音楽出版社が権利を持つ楽曲が多く放送に乗る事態になり、プッシュされる楽曲に不自然なバイアスがかかっていくことになる。みなさんも少し思い返せば思い当たる節があると思う。数年前のK-POPブームや、握手券アイドル、レコード大賞をお金で買うグループなど、ひどいものから軽いものまで枚挙に暇がない。極端に商業路線に傾いた音楽もその一部だ。
やがてテレビ放送はそういった音楽に牛耳られてしまう。積極的に情報を仕入れてきたリスナーは他にも情報の入手ルートがあるので心配はないかもしれない。しかし日本のリスナーの大部分はそうではなかった。テレビ局と音楽出版社が結託している構造によって意図的に作り出されたブームを正面から受け入れてしまった。音楽における本質はそこから遠いところにあるにも関わらずだ。

こういった構造は北米やヨーロッパなどのポピュラー音楽先進国では見受けられないようだ。それらの地域ではタイアップも商業的すぎて好まれない傾向にある。タイアップ文化が市場と大きな関わりを見せるのも日本独特と言えよう。
例えば2016年12月洋楽チャートを賑わしているweeknd。彼の来歴を見てもタイアップになっていたのは映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の主題歌になった『Earned It』くらいである。ぼくはこの映画を観たのだが、商業主義がありありと伝わるような内容ではなかった。その点をとっても日本のタイアップとは一線を画すと言える。もちろんまさに今ヒットしている『Starboy』には目に付くようなタイアップはない。それでも巨大なマーケットで1位が取れるのだ。
比較のために日本の例もひとつ。2016年11月度のシングル1位はAKB48の『ハイテンション』。こちらはNTVドラマ『キャバすか学園』の主題歌になっている。これまでメジャーレーベルで出した46作のシングルの中でタイアップがつかなかったものはひとつもない。これが日本と欧米のタイアップにおける致命的な価値観の差だ。

ぼくは常々音楽市場における三者であるリスナー、構造、ミュージシャンのどれかが危機感を持たないとこの状況が変わらないと訴えている。利権にまみれた音楽市場の構造が変わることは正直難しい。商業路線のミュージシャンが危機感を持って野に下るのが先か、はたまたリスナーの思考や耳が成長するのが先か。どちらにしても現状日本の音楽業界は絶望的な状況だ。